前編では、妊娠して8ヶ月。
思いもかけずお医者様から「切迫早産です。このままでは早産になります。安静に」と診断されてからあたふたするところまでを書きました。
後編では、その後実際に私がどう対応したのか、そして最終的には「もう大丈夫そうですよ」とお医者様から言われるようになったところまでを書いていきます。
まずは安静って具体的に何なのか。
お医者様から自宅安静を言われた私ですが・・・
無理をしないでねって意味くらいにしか捉えていませんでした。
でも夫から「切迫早産」について調べて連絡が入り説明を聞くと、もっと深刻なようで。
私の子宮頚長(29週で23mm)だと入院させられて、点滴を打ちながらじっとしていることもあるとか。
なにい~。でも先生からは詳しく聞いてない!
ということで、翌日夫立会いの下、病院に電話しました。すると・・・
病院「安静というのは、食事、トイレ、お風呂以外はなるべく寝てすごしてください」
私「え、子供の幼稚園の送り迎えとかは?」
病院「外出はなるべくやめてください。送り迎えはご主人や、親御さんへご相談を」
私「皿洗いなどの家事は?」
病院「立って作業をするとお腹が張りますから、それもご主人に協力をしてもらいましょう。また立ったりしてお腹が張ったらすぐに休んでくださいね」
以上が、病院との確認のやり取りです。
私驚きました。全くちゃんと聞いていなかったので、安静のイメージが全く違いました。
本当に、「なるべく、極力動かない」だったんです。
夫と実母に協力要請
何はともあれ、具合は悪くないのに何もできない(してはいけない)状況になった私。
まずは、家事や子供の世話に関して夫と実の母に協力の相談をしました。
もちろん両者とも快く引き受けてくれましたが・・・
本当の理解という面ではそれぞれ違ったかも。
夫の方は、自分で切迫早産に関して調べまくっていたので、どれくらいの重要度かとか、よく理解していました。
逆に母の方はそこまで切迫早産について知識が無いので「なんか大変なら手伝うよ」という感じ。
実際は母の方が子供の送迎や、洗濯、食事など沢山してもらって感謝、感謝なのですが、どれくらい重要かって所までは理解していないし、夫は仕事で疲れていて、やるよ!と言いながら次の日に回したり、、、かゆいところには手が届かないって感じでした。(ごめんなさい!)
とにかくごろん。で2週間。希望の光が。
そんなこんなで、体は元気なのにごろんと過ごした2週間。
退屈なのもありますが、腰が痛い痛い。
それからそろそろ始めようと思っていた、出産準備の買出しもできず悶々とすごしました。
あ、それから至急収縮抑制剤の「ウテメリン」を飲んでいましたが、これが副作用の動悸がすごくて、最初の数日はなれませんでしたね。
ウテメリンについてはまたそのうち書きたいと思います。
そして30週目の診断の日。(2週間後)
どきどきしながら子宮頚長の検査結果を聞くと・・・
お医者様「40mmになっていますよ。実際にはその時々の状況で、長くなったり縮んだりするんですが・・・。安静にできていた証拠ですね。」だそうです。
しかも、胎盤の状況なども見た上で・・・
「これなら、正産期で生まれてきそうです。無理しなければ外出や家事もOK」ですって!
こんなこともあるんですね~。
切迫早産について調べまくっていた夫は、この2週間こんなことをいっていました。
夫「切迫早産は回復することは無い!一日でも長く赤ちゃんをお腹の中に留めないといけないんだよ。だから週数を重ねるほど、安静状態は強化されるはず」」と。
私はビビッていましたが、安静は強化されず、解除されました(笑)。
でも、やはりココで油断して無理をすると元も子もないので、お腹を意識しながら過ごしていきます。
